紅魔館に夜がやって来た。 窓から外を覗けば、まんまるの月が空に張り付いていた。 世間では「朝」と呼ばれる時間。 館の主人である吸血鬼にとっては、眠りにつく時間。 東から現れた太陽によって、満月は空に溶けようとしている。 お嬢様が安心して眠れるように、私はすべての窓を厚いカーテンで覆った。 かすかな音。 「…………?」 この館には侵入者が絶えない。紅白とか、白黒とか。 急いで、音の聞こえた方へと向かった。 ここは……お嬢様の寝室だ。 そっと扉を開ける。きぃぃぃ。 深い闇が部屋を支配している。 淡いろうそくの光が、豪華な調度品を優しく照らしている。 「………お嬢様?」 最奥の寝台。そこに眠っている影。 「…………」 何かを呟いているようだ。 すぐ側へ。そして、耳を傾ける。 「………ままぁ…」 そう聞こえた。どこか悲しそうな表情をしている。 A、そっと抱き上げる B、自分にかけている術を解く A、そっと抱き上げる 軽かった。とにかく、軽かった。 「紅い悪魔……か」 500年の時を生きた吸血鬼。 その正体は、ただの子供なのだ。身も心も。 ぎゅう、っと。お嬢様は、抱きついてきた。 ゆっくりと、表情がやわらいでいく。 ……しばらく、このままでいよう。 母の気持ちを感じたような気がした朝のこと。 B、自分にかけている術を解く 滑稽だな、と思った。 長い年月を生きた、子供の姿をしたお嬢様。 短い年月を生きた、大人の姿をした私。 「……今だけは、本当の姿でいよう」 時符「おおきくなったら」を、体から剥がした。 冷たい世間が、私の心をあっという間に大人にした。 でも、所詮は子供なのだ。育ちきっていない体が、それを物語る。 それが嫌だった。だから偽っている。 ベッドに潜り込む。 そっと手を繋いで、寄り添う。 お嬢様の寝息が穏やかになっていくのが分かった。 こうしてると姉妹みたいだな。 そんなことを思いながら、眠気に身をゆだねた。 少しの間だけ、背伸びをやめた朝のこと。