運命や因縁。 あなたは信じますか? そもそも、それはどんなものだろう。 目に見えず、聞くことも触ることもできない。 存在しているのか自体すら分からない。 ……これから始まる物語は、そんなモノが少しだけ登場します。 その大きな空間には、頁をめくる音だけが静かに響いている。 窓は一切なく、ほとんどが闇に沈んでいる。 小さな魔法の明かりが照らすのは、巨大な本棚。 様々な分野を網羅している蔵書。 そして、本を読む一人の少女。 唯一の入り口が静かに開き、足音が侵入する。 こつこつ、と心地よいリズムを刻みながら、明かりの方へ進む。 「ちょっといいかしら」 返事は無い。読書中は、いつもこうだ。 背後に回る。 大きく息を吸って。 ふーっ。 と、うなじに息を吹きかける。 がたがたっ。 「わわっ。お、お嬢様…」 驚いて蹴飛ばした机を元に戻しながら、少女が返事をする。 「パチュリー、少し調べ物があるけど、いいかしら」 「うなじは反則ですよ」 案内しながら文句を言う。 「だったら、簡単に背後を取られないことね」 目的の本棚の前で立ち止まる。 「ここよ、レミリア」 「ありがとう。………え?」 「……昔みたいに、名前で呼んでみただけ」 背を向ける。 彼女と初めて出会ったのは、きれいな三日月の夜。 魔女の家に生まれた私は、毎日毎日、魔法のお勉強。 月の光は魔法力を高めるといわれ、夜はこうして散歩しているわけです。 道の向こうから、女の子が一人歩いてきます。 とても不思議な感じがしました。 落ちこぼれとはいえ、仮にも魔女の血筋を引く者。 その子の持つ『何か』に気が付いたのです。 ただの魔力じゃない。 何だろう。 存在そのものが? 不思議な感じ。 孤高、というのかな。 「………あなたとは『縁』がありそうね」 話し掛けられて、その子に見とれていたことに気が付きました。 レミリアと名乗った彼女は、遠くの街に住んでいるそうです。 「ねぇ、レミリア。さっき言ってた『縁』って何なの」 そうね、と人差し指を私の胸にあてます。 「ここから『糸』が伸びていて、私に繋がってる」 そうか。 「さっきすれ違ったときに、繋がっているのに初めて気が付いたんだけど」 この子は、普通の人には見えないモノが見えてしまうんだ。 「運命の糸って言うと大げさだけど。きっと、長い付き合いになるわよ」 予言どおり、夜の散歩の途中で何度も会いました。 「そこの店のアップルパイが、とても美味しくてね」 そんな他愛も無い話を、夜が明けるまでしました。 勉強ばかりで疲れていた私には、この時間はとても大切なものです。 すごく楽しくて、笑顔が絶えません。 「勉強しろ勉強しろって、お母さんがうるさくって」 少し気になることといえば。 家族の話、特に親の話になると、とても寂しそうな表情になることでした。 「大丈夫よ、あなたなら」 正式に魔女になるには、試験に合格しなければなりません。 その勉強がなかなかうまくいかなかったのです。 「辛かったら、私も手伝うから」 夜の勉強会は、あっという間に時間が流れていきます。 まあ、半分は雑談になってるんだけど。 「ここは、こうすれば上手くいくわ」 「ええっと………、あ、ほんとだ」 何度読んでも理解できなかった魔法が、簡単に出来てしまいます。 「どうして、そんなこと知ってるの?」 「結構長く生きてるからね……普通の人間なら、とっくに死んでいるくらいは」 「『紅い悪魔』って、あの!?」 私達、魔女の間でも結構有名なお話。 「そうよ。………驚いた?」 一晩にして、一つの都市を紅い恐怖で埋め尽くした吸血鬼。 「ふぅん……納得」 「…………怖くないの?」 「え?レミリアは怖くないよ」 今までに感じたことの無い達成感。 これなら、合格できるかも。 「レミリアみたいな友達がいてくれて、助かるよ」 光の加減もあったのでしょう。 「とも……だち……?…………そうね、友達」 そのときのレミリアの笑顔は、今までで最高のものに見えました。 「じゃーん」 試験合格の証、三日月の髪飾りをレミリアの目の前に出す。 「念願の合格ね。おめでと」 ぱちぱちぱち。静かな夜に、小さな拍手。 「他にもいろいろな種類があるけど、月夜の勉強会の思い出があるから、これにしたの」 ちょっと照れくさそうに、二人で笑う。 「でも、嬉しいことばかりじゃないけどね。 一人前になった魔女は、親元を離れるっていうきまりがあるから」 「………そう、この強い『縁』は、これだったんだ……」 どこか別世界を見つめながら。 「えっと……、私の家にくる?」 「わー」 とても大きなお屋敷でした。 「もしかして、レミリアってお嬢様?」 紅い洋館。大きな時計が一つ。小さな窓が、少しだけ。 「まあ、そんな感じかもね。一応、主人は私ってことになってるけど」 どことなく優雅な物腰だったけど。 「へー。だったら、これからは『お嬢様』って呼ばないといけないかな?」 言われてみれば、貴族や王族が持つオーラというようなものを纏っている感じ。 「妹が一人いるんだけど、ちょっと我侭でね。でも、あなたなら仲良くやっていけるわ」 こうして、友達の家で暮らすことになりました。 「ところで、何を調べるの?」 「秘密」 「そう言われると余計に気になる。ねー、レミリアー」 「………友達の誕生日に、喜ばれる物を贈る方法」 あの日と同じような、三日月の綺麗な夜のこと。