運命や因縁。 あなたは信じますか? そもそも、それはどんなものだろう。 目に見えず、聞くことも触ることもできない。 存在しているのか自体すら分からない。 ……これから始まる物語は、そんなモノが少しだけ登場します。 俗世から遠く離れた秘境の一つ。 時の流れから切り離された伝説の地。 チミモウリョウがチョウリョウバッコする。 どんな漢字だったか。 とにかく。そんな幻想郷を、咲夜は気にいっている。 ここに来てから、どれだけの月日が流れたのだろうか。 一月? 一日? 一年? 一時間? 一世紀? 一秒? なんとなく考えながら、仕える主の為にお茶を淹れる。 腕が少し痛い。 こんこん。 「お嬢様、お茶がはいりました」 扉の向こうの反応を確かめてから、静かに開ける。 「ごくろうさま」 テーブルの上にお茶とお菓子を置く。 紅魔館の中では、狭い方に入るこの部屋。 調度品も、豪華なものではなくシンプルなものが多い。 それが、お嬢様の私室だ。 「今日は、あまり良い材料が手に入らなかったので、少し趣向を変えてみたのですが……」 こうして見ていると、一枚の絵画のようだ。 この部屋全体が、一人の少女の存在を引き立てているような、不思議な空間。 「………この味は……咲夜?」 この絵にタイトルを付けるとしたら。 例えば……。『赤より紅い夢』、だろうか。 「はい。ある意味、希少品です」 人間は、富や名誉といったモノのためには何でもする。 盗みもすれば、殺しもする。 すべては、己の『幸せ』のため。 それは、とてもくだらない事だと思う。 なぜなら。 私には。 最初から。 すべてが。 手元にあるから。 とても簡単だ。 少し念じれば良いだけ。 そうすれば。 時間と空間が。 私に富や名誉を。 譲ってくれる。 例えば。 いかな強固な守りも、空間を歪めれば。 それは、ただの紙切れに等しい。 手元が、幾万の金銀で溢れる。 例えば。 いかな困難な試練も、時間を操れば。 それは、赤子の首をひねるに等しい。 足元が、天に届く名声で溢れる。 世界が、私に平伏しているのだ。 人々は、やがて私を恐れるようになった。 当たり前だ。 こんな能力を持った人間を、いったい誰が好いてくれるのだろう。 恐怖の対象にしかなりえない。 ここには、私の居場所は、無い。 故に、私は世界を捨てた。 ………捨てようとした。 でも、出来なかった。 どうしても、出来なかった。 どれだけ彷徨ったのだろうか。 ここは、何処だろうか。 いや、そんなことは問題ではない。 まだ、私は生きているのか。 これが、問題だ。 月が、みえる。 とても、おおきくて、まあるくて。 そして、まっかな。 ………つきは、こんな、いろを、してたっけ? ほとんど回転することを止めた脳が、突然動き出す。 何かがいる。 何かがある。 全身が、臓器が、血液が、警笛を鳴らす。 とんでもない何かだ。 反射的に、意識を時間軸へ干渉させる。 世界は、瞬時に凍てついた。 何人たりとも動くことの適わない、絶対領域。 なのに。 それなのに。 警笛は止まらない。 紅い月。 これだ。 なんなんだ。 これは。 「………何をしているの?」 美しかった。 涙が出た。 恐ろしかった。 涙が出た。 そこには、悪魔がいた。 そう、悪魔だ。 少女の姿をした、悪魔だ。 「あなた、面白い力があるみたいね」 ゆっくりと近づいてくる。 妖艶なる微笑。 「でも………」 動けなくなっているのは私の方だ。 がんじがらめの糸で磔にされている。 指先を動かすことも、目を逸らすことすらできない。 「……どの次元にも属さない『運命』を手繰る私には、効かない」 全身に痛みが走る。 服が一瞬にして紅色に染まる。 空に浮かぶ月と、同じ色に。 「なかなかの味ね。このまま捨てるのは勿体無くらいに」 溢れ出る血をすすりながら、悪魔は誘惑する。 「あなたには、二つの路がある。 何にも繋がらない『孤独』の中で朽ち果てるか。 それとも、私と『縁』を繋げるか」 この時、私は生まれて初めて敗北の味を知った。 そして、居場所を見つけた。 「咲夜、無茶はしないで」 あの紅い月と同じ色の瞳。 「無理に凝ったものでなくてもいいから」 その瞳が、私の腕に巻かれた少し紅い包帯を見つめる。 「あなたは、大切な……家族だから」 「はい、気をつけます」 私は、とても幸せです。