これから始まるは、ひとつのおとぎ話。 でも、白馬の王子様も、薄幸のお姫様も。 おもちゃの兵隊も、魔法のランプも出てこない。 ただ紅く、血の色をした糸で紡がれた、物語。 まるでお城のような、立派な建物が見えます。 丘の上から、他の人間達を蔑んでいるかのよう。 その外見とは正反対の、汚れた金で築かれました。 これは、そんな貴族の屋敷から始まります。 「あ、お母様。背中から変な糸が出てる」 少女がつまむ『糸』。何も映らない母親の瞳。 「あら、私も歳かしら。目が悪くなってきたわ」 ごく普通の生活場面。 それは、引き裂かれる為にのみ、存在を許されます。 幕を切り落としたのは、妹の産声。 綺麗な三日月が天に輝くの夜のこと。 「女の子ですよ、ご主人様」 男の印を持たない赤子。落胆する、金銀装飾に包まれた男。 「……捨ててしまえ。跡取にならん女など、二人も要らん」 世界に生れ落ちた赤子は、光を見ることなく切り裂かれ、業火に包まれました。 庭の隅、知らない女の子の名前が書かれた粗末な墓の前。 絶望する母親と、何も知らされなかった少女。 でも。終わりは、始まりの前奏曲と言います。 「これは、誰のお墓? なんだか、他人じゃない気がする」 自分から伸びる『糸』が、墓の下と繋がっている。 「……なんでも、ないのよ。もう、いいのよ……」 世界に広がる『糸』。 少女は生まれたときから、これを見ることができました。 いろんな色、いろんな長さ。 他の誰にも見ることのできない、不思議な線。 「あ、悪い糸がついてるよ」 黒い糸を取る少女。困惑の使用人。 「あ……ありがとうございます、お嬢様」 『糸』には、良い物と悪い物がありました。 それは、色で分かります。 悪い『糸』がついた人間に、必ず良くない事が降りかかります。 だから、取ってあげるのです。 「いい? これ以上、糸のことを話しては駄目よ」 やさしく叱る母親。泣く少女。 「そうすれば、きっとみんなが遊んでくれるから」 使用人たちから不気味がられていました。 『糸』がどうと、よく分からないことを言う。 しかも、その『予言』は外れたことがなかったのだから。 呪いをかけられるのでは、と少女に近づこうとする者はいませんでした。 「あなたは……私と遊んでくれる?」 庭の墓。紅い『糸』で繋がっている。 ―――――――お姉様、たすけて。 ………そう。 答えるはずのない墓が、返事をしたのです。 回りだした歯車は、もう止まりません。 たとえ、すべてを踏み潰したとしても。 「あのお墓に眠っているのは、誰なの?」 誰も答えない。答えることができない。 「私に、何か隠してるでしょ」 誰も、何も教えてくれない。 ならば、自分で探せばいい。 少女は、屋敷の書庫に忍び込みます。 世界中の本を集めているという、ヴワルという名の部屋。 「魂を……半分……分け与えることで………」 莫大の数の本。『糸』で繋がっていた一冊を広げている。 「旅立った者を……黄泉から……呼び戻すことが………」 難しい文字の羅列を解読し、得た方法。 それは、禁忌と呼ばれる代物でした。 手段は何だっていい。 真実の扉を、開くことができるのならば。 「……輝月が……天に昇る夜に……」 銀のナイフで腕を傷つける。 「己が血で……その者を満たせ……」 墓の下に眠っていた、小さな遺骨。 血を伝って一つに集まり、一人の少女を形作りました。 満月が、どろりと血塗られていきます。 お待たせしました。紅い狂気のショー、これより開演です。 「…………!」 屋敷に響く、悲鳴の音楽。壁や絨毯を彩る、血の舞。 「破滅を『彼女』に捧げることで……完成する……」 虹色に輝く翼を広げ。 真紅の剣が、舞台の隅から隅まで踊り狂います。 さあ、拍手でお迎えください。 殺戮と破滅の大女優、U.N.オーエン。 「……はぁ、はぁ、はぁ」 逃げ道は何処だ。逃げ道は何処だ。逃げ道逃げみちにげみちニゲミチニゲミ。 「来るな来るなくるなくるなくるなくルナKuルナkuruNakRAukU*r-+-ua^#a//」 ……こつ、こつ、こつ。 廊下。等間隔に並ぶ、肉塊の十字架。悪魔の行進。 ……こつ、こつ、こつ。 チェックメイトよ、お父様。 「………まてっ、儂が悪かった」 口から零れるは、命乞いのコトバ。体から溢れるは、命の次に大切な金銀財宝。 「富も名誉も、欲しいだけ持っていけ。だから……」 殺してくれて、ありがとう。 お礼に、永遠の苦しみと後悔を、あなたにあげるわ。 肉体が滅んでも、終わらない悪夢を。 世界が消えても、終われない正夢を。 「だから……だから……」 男の手が何かを掴む。 「うわああぁぁぁぁあ!」 男が振り上げた剣は、少女に命中しました。 頭部が、胴体を離れました。 ころころころころ、ぴちゃぴちゃびちゃ、ぴちゃ。 男と首の視線が、合います。 「だイジョウぶよ、首が飛ンだクラいじャ死ねナイかラ」 天使のような微笑。否、悪魔の微笑み。自らの手で、首を繋げる。 「殺しはしないから。狂っちゃうかもしれないけどね」 死に至り続ける呪い。 死に到達することのできない祝福。 後に『紅魔館』と呼ばれる、屋敷の一角。 永遠に止まることの無い血が、今も流れつづけているといいます。 「儀式は完成した」 妹の体から、『彼女』が離れていく。 「……………終わったのね」 代償は大きかった。 半分の命では、太陽の下を歩くことができない。 でも。それでも、いいと思った。 たくさんの命も犠牲に? ああ、そんなのもあったわね。 「………ん……お姉様?」 地下深い場所。帰ってきた妹が、産声をあげた。 「おはよう。そして、おかえり」 また傷つけられないように。 ここに隠れていなさい。 私が、守ってあげるから。 ずっと。ずっと。 「どう、涼しくなった?」 霧が晴れた、夏の神社。紅い悪魔と紅白の巫女。せわしく動くうちわ。 「ぜーんぜん。うちわの方が、よっぽど涼しいわよ」