これから始まるは、たとえばのお話。 彼は嘘つきでした。 幾度も人を欺きました。 でも、それは過去の彼。 彼は盗人でした。 幾度も盗みをしました。 でも、それは過去の彼。 彼は乱暴者でした。 幾度も言葉で人を傷つけました。 でも、それは過去の彼。 彼は殺人鬼でした。 幾度も命を奪いました。 でも、それは過去の彼。 彼は、立派な青年です。 過去は、すべて捨て去りました。 それが、今の彼。 ある日、彼は昔の自分の夢を見ます。 嘘つきだった自分。 盗人だった自分。 乱暴者だった自分。 殺人鬼だった自分。 過去を捨てた彼には、それらが何であるか分かりません。 「向こうへ行けば、いいものが見られる」 行ってみても、何もありません。 だまされたのです。 「おっと、ごめんよ」 すれ違いの人と肩がぶつかります。 財布がなくなっていました。 「この、くそが」 出会い頭に、罵詈雑言。 心に傷を負いました。 「悪いが死んでもらう…」 突然、刺されました。 殺人鬼に殺されました。 全ては、夢です。 同じ夢を見ます。 知らない人間に、ひどい目にあわされる毎日。 「どうして、こんなことに?」 過去の彼は、そろって言います。 「自分の心に聞いてみな」 悪夢は繰り返します。 彼の精神が崩壊し、肉体が腐敗するまで。 ――――たとえばのお話、おしまい。